きのさき豆知識
【城崎地名考】
上古、豊岡平野一帯は日本海の入り江で、黄泥濁水が氾濫して人が住める状況ではなかったため、地域一帯を「黄沼前(きぬさき)」「黄沼前海」と呼んでいたようです。これが、後々「城崎」になったといわれています。中世の古文書「太田文」には田結郷・城崎郷などの郷名が書かれており、この城崎郷には城崎庄ほか五庄がありました。しかし、この城崎庄は今の豊岡をさしており、城崎温泉をさす「湯島」や「桃島」などの地名は田結郷気比庄に見えています。
近世、但馬史の重要な文献「但馬史」に「豊岡ハ山ノ名ナリ。初メ亀ヶ崎トイイ、城地を亀城トユウ。今ノ地域ハ『城崎郷』一郷ノ市場村ナリシガ・・・・・・」と見え、他の文献に但馬城崎、木崎といった記述があります。
要するに、「きのさき」という地名は、古くは群名・郷名・庄名などみな豊岡およびその周辺の呼称であったのです。一方、現在の城崎温泉の地については、文化三年(1806)の「河合動記」に「此ノ地モト島ニテアリシトイイ伝ウ。此ノ辺、新田多シ、コノ川筋昔ハ海ニテ、観ノ浦、笹浦、二見浦ナド云フ皆川上ナリ。」按ズルニ此ノ地ノ名、上古『大谿(オオタニ)』トイイシヲ温泉アルガ故ニ俗ニ『湯島』ト唱ヘ、終イニ上古名ヲ失ヘリ」とあります。
明治22年に自治制が発布された時、湯島・桃島・今津の三部落は統合して「湯島村」をつくり、明治28年になって「城崎町」と改称して町制をしきました。このように、上古「黄沼前」の海から発生した豊岡地方の「きのさき」という地名が、昔大谿と呼ばれ、あるいは湯島・桃島といわれた現在の「城崎町」によって継承されているというわけです。

大谿川畔の柳の芽がふくらみ、東山公園や木屋町筋、温泉寺
周辺の桜が満開になると城崎の町も春本番です。
4月23日・24日両日、温泉の開祖・道智上人の開山忌を記念して行われる温泉まつりは、温泉街の春を一層にぎやかに色どります。

円山川には涼風をいっぱいにはらんだヨットやボートが行きかい
川畔にはボライナ釣りの竿がならびます。
また、城崎からちょっと足をのばせば但馬海岸。 「日本渚百選」「日本水浴場88選」に選定された遠浅で白砂が眩しい竹野浜海水浴場で夏を満喫してください。

四囲の山々が紅葉し、大師山山頂からの眺望も一段とすばらしく
なります。また、二十世紀梨などの秋の味覚もいっぱいです。
10月14日・15日は城崎の氏神・四所神社の秋祭りであざやかに飾りつけられただんじりや御輿がくりだし、温泉街は雄壮な祭り気分にあふれます。

但馬の冬は松葉ガニの季節。温泉街にはカニ売りの素朴な売り声
がひびきます。
湯上がりのカニの味、かにすきの風味は城崎ならではの魅力です。
また、小雪がちらつく中での外湯めぐりは温泉情緒そのものを堪能できます。